旅行が大嫌いな作家・町田康が語るベルリンの旅話【月刊旅色】その0

旅行が大嫌いな作家・町田康が語るベルリンの旅話【月刊旅色】

2019-12-28
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作家・町田康さんのお酒をやめた理由や、禁酒してから今までの断酒生活をつづったエッセー『しらふで生きる 大酒飲みの決断』2019年11月に発売、話題となっています。「旅行は大嫌い」と語る町田康さんに、講演会などで“やむなく”旅行した時に起こった、旅の思い出を聞きました。

Text:嶌村優
Photo:高嶋佳代

脳内でトリップするのが僕にとっての旅行

脳内でトリップするのが僕にとっての旅行
――新刊『しらふで生きる 大酒飲みの決断』では、旅の話も少し出てきましたが、旅行はお好きですか?

非常に申し訳ないけど、旅行は大嫌いです(笑)。

――えー!(取材スタッフ一同)

わざわざ旅へ行かなくてもおもしろいなというのがあって、文字を通して時間的に過去へ遡ったりといった、昔のものを読んだり書いたりすることが自分にとっての旅行。もう1個いうと、本を読むことで違う自分になれる、脳内でトリップするのが僕にとっての旅行ですね。でも、講演会などで国内だけでなく海外へも行くので、一般の人よりも旅する機会は多いかもしれません。現地へ行けば刺激もあるし、おもしろいと感じることもありますよ。

――ちなみに印象に残っている旅の思い出を聞いてもいいですか?

無理やり考えてみるんで、ちょっと待ってください(笑)。……いい思い出はなく、悪い思い出ですけど、少し前に講演会で四国へ行く機会があって、四国から帰る時にバスで移動するのもいいなと思って、ネットで予約したんです。そのサイト名が「発車オーライネット」で、なんだよ、その名前っていう(笑)。当然といえば当然なんですけど、予約するには会員登録をしてパスワードとIDを設定しなければならず、それがすごく面倒だなあと思って、もう二度とやらないって思いながら予約して(笑)、なんとか帰れました。

“根底から議論する”ベルリンの人たち

“根底から議論する”ベルリンの人たち
――いい思い出の話も聞きたいんですが……。

そうですね、一番楽しかったのは90年代に講演会で行ったベルリンかな。地元の人たちが“根底から議論する”場面を何度か見かけて、それがすごく印象に残っています。現地のスーパーへ行くと、お客と店員が「水とはなにか」という話で議論しているんです(笑)。すごい、この人たち根底から話をしていると思って。講演会が始まる前に、ある女性が関係者全員を集めて「文学とはなにか」という話を急に始めるんです。また、根底の話だっていう(笑)。

――日本だとなかなかお目にかかれないですね(笑)。

これがまだあって、ホテルにいて昼過ぎぐらいにテレビをつけると、司会の人と20人ぐらいの一般人がいて、一般の人が司会者に人生相談をしている番組をしていました。一般の人が人生の不満をぶつぶつ言うと、司会の人がそもそも人生とは、という“根底の議論”が始まる(笑)。

そのあと、私は講演会に行って夕方ぐらいに帰って来ると、さっきの番組がまだ続いている(笑)。いいなー根底から積み上げていく議論と思って。それがすごく楽しかった。それから少し経って、ベルリン在住の作家・多和田葉子さんに「あの番組は何ですか?」って聞いたら、彼女も「あ、あれね」って首をかしげていました(笑)。

人生の楽しみがいつの間に負担になっていることも

――確かに謎の番組です(笑)。人生といえば、30年間愛し続けたお酒をやめたのは、町田さんの人生にとって大きな決断だったと思います。その禁酒の日々をつづったエッセー『しらふで生きる 大酒飲みの決断』の見どころを教えてください。

自分にとって酒というのは結構大きな存在で、たぶん酒に支配されていたようなところもあったと思うんです。人生の楽しみとしていたものが、人生の目的になっていた。楽しみと同時に苦しみもあって、できればその苦しみを減らしたいと思うのが自然ですよね。
旅行が大嫌いな作家・町田康が語るベルリンの旅話【月刊旅色】その4
僕の場合はたまたまお酒でしたが、人それぞれ、自分の楽しみとしてあったものが、いつの間にか負担になっていることもあると思うんです。その楽しみをやめなくてもいいけど、一回立ち止まって見直すことによって、生きるのが少し楽になる。この本を読んで、ちょっと視点を変えるというか、見方を変えるきっかけになってくれればいいですね。

焦らないことは人間にとって楽なこと

――この本を読んでふっと心が楽になったり、人生について深く考えさせる部分もあったかと思うと、声に出して笑えるところもあったりと、楽しく拝読させていただきました。禁酒してから生活面の変化はありましたか?

時間にあせらなくなったことですね。それまでは仕事が終わったら酒を飲んで、いい気持ちになって酒を楽しんでいました。ただ当然ながら、仕事と酒を飲む以外にやらなければいけないことはたくさんあります。僕の場合だと猫の世話、家事、メールの返信を書くなどなど。禁酒する前は仕事が終わって、それらの用事を急いで済ませていち早く酒を飲みたかったんです。

でもそうすると、細かい用事を早くやらなきゃっていう気持ちの焦りが出てきます。その焦りが自分にとっては苦しみだったという気が今はするんですよね。酒をやめるとその用事もゆっくり一つずつやればいいわけで、焦る必要がなくなりました。焦っていないということは、人間にとって割と楽なことなんですよ。立ち止まって周りを見る余裕ができて、いろんなことが好循環するようになると思います。

『しらふで生きる 大酒飲みの決断』

町田康
幻冬舎
1,650円

町田康
町田町蔵の名前で歌手活動を始め、1981年にパンクバンド「INU」の『メシ喰うな!』でデビュー。その後、俳優としても活躍。1966年に小説『くっすん大黒』を発表し、ドゥマゴ文学賞、野間文芸新人賞を受賞。2000年『きれぎれ』で芥川賞、2001年『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、2002年『権現の踊り子』で川端康成文学賞、2005年『告白』で谷崎潤一郎賞、2008年『宿屋めぐり』で野間文芸賞を受賞。

おわりに

町田康さんは講演会などでやむなく? 旅をすることになった場合、ちょっと時間ができた時も観光地へは行かず、地元のスーパーマーケットなどへ行って人間観察するのが好きだそうです。そんな町田さんがいい思い出として語ってくれたベルリン、ファンなら訪れてみたいですよね。『月刊旅色』1月号では、町田さんがおすすめする旅の本も紹介しているので、ぜひチェックを!

月刊旅色 1月号 あの人の旅カルチャー「作家・町田康」

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