建築史家・倉方さんとひも解く大阪。豊かな装飾が待つ船場へその0

建築史家・倉方さんとひも解く大阪。豊かな装飾が待つ船場へ

2020-09-25
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大阪市中央区に位置する船場(せんば)は、江戸時代から続く町人地です。現在はレトロ建築の宝庫。大正時代から昭和初期にかけて建てられた豊かな装飾を持つ建物が、今も現役で使われています。建物の美しさを際立たせる写真家・下村しのぶさんの写真とともに、旅気分を味わってみてください。

Text:倉方俊輔(建築史家)

【1】スピード感のある佇まい「生駒ビルヂング」

がっしりと硬かったり、キラキラと輝いたり、そんなまだ見ぬ物が、この街のどこかに潜んでいる。昭和初め、路面電車の騒音や行き交う雑踏から、日本のアール・デコのデザインが生まれ育ち、人々の心をつかんできました。1930年に完成した「生駒ビルヂング」は、そんな感覚を現代に伝える第一級の商業建築です。
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ビルは交差点に面して建っています。南北に通る、当時最先端の移動手段である路面電車が走っていた堺筋と、東西に通る、江戸時代からの大阪を代表する商店街だった平野町通りの交差点です。

アール・デコの特徴は、スピード感にあります。横向きのラインが目立つ外観。3階から5階にかけての窓の上下や中央に出っ張りがあり、何本もの水平線が走っている様子が特徴的です。2つの通りの活気を、ビルのデザインがつないでいるみたいです。
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△鷹の装飾/Photo:下村しのぶ

1階と2階の間には、鷹の彫刻が佇みます。まるで留まったばかりで、今にも空へと飛び立ちそうな姿です。その上には出窓が続いて、屋上にある大きな時計の振り子のようにも見えます。交差点に面した外壁にも、垂直方向に連続した装飾が突き出して、こちらは屋上の国旗掲揚塔に続いています。水平方向や垂直方向へ、一直線にすーっと移動する感覚が、それまでの重々しい建物にはない、アール・デコの新しさなのです。
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△作り込まれた階段/Photo:下村しのぶ

1階の内部の階段が見ものです。ここでも段々の形の手すりが、軽快なリズムになって、上昇するスピード感に寄り添っています。それに加えて、アール・デコの特徴である、確かなつくり込みが感じられることでしょう。大理石は角まで丁寧に仕上げられ、光の反射を複雑にすることで、素材自体の高級感を引き出しています。正面のステンドグラスも同様です。精緻に仕立てられた抽象的な図柄が、ガラスを透過した光が持つ妙なる輝きを印象づけます。
△当時のままのエレベーターの表示/Photo:下村しのぶ

「生駒ビルヂング」は当時まだ珍しいエレベーターも備えた、最先端のビルとして建てられました。抽象的な幾何学と具体的な素材感を併せ持つアール・デコの貴重な遺産です。こうした流行が、モダンな贅沢として1920〜30年代の世界を席巻しました。ビルは現在、立地の良さと意匠性の高さを生かし、サービスオフィスなどに活用されています。


◆生駒ビルヂング
住所:大阪市中央区平野町2-2-12

【2】光と風が抜ける心地よさ「船場ビルディング」

△控えめな外観/Photo:下村しのぶ

「船場ビルディング」も1925年に建てられた、現役のオフィスビルです。特徴は何といっても建物の中にあります。中央のドアの先は、ゆるやかな上り坂になった広い廊下です。抜けると中庭に出ます。見上げれば、細長く切り取られた空のまわりに、2階から4階までの廊下が面しています。
△中庭へと続く廊下/Photo:下村しのぶ

まだ木造が主流だった大正末に、このビルは鉄筋コンクリート造でつくられました。オフィスと住宅が縦に積み重なる革新的な建物で、中庭があるのは、商取引を行なう船場という場所柄、トラックや荷馬車などを引き込むため。廊下の床が木製ブロックであるのも、輸送の際の騒音低減が目的でした。
時が流れて現在、中庭には緑が置かれ、全室がテナントに貸し出されています。デザイン事務所やものづくりの工房など、さまざまな職種が並び、空きが出るとすぐに次の入居者が入るという人気ぶりです。
△中庭を囲む外廊下/Photo:下村しのぶ

ここには光や風が抜ける、現在のビルにない心地よさがあります。便利な街中で、小さい単位でスペースが借りられるのですから、クリエイティブな方々に人気なのも納得です。しかし、部屋が外気に多く面しているのは、明るい照明もエアコンもなかった当時の設計であるがゆえ。昔の必要性から、しっかりとつくられたものが、今では他にない個性に転じています。


◆船場ビルディング
住所:大阪市中央区淡路町2-5-8

【3】独特のデザインと構造の妙「芝川ビル」

△複雑な装飾が施された玄関/Photo:下村しのぶ

「芝川ビル」はまず、その外観が目を引きます。玄関部分などの複雑な装飾には、マヤ・インカ文明のモチーフが応用されています。

江戸時代から続く商家である芝川家の6代目当主・芝川又四郎は、事業の本拠地に、火災に耐える建物を建てたいと考えました。1923年に発生した関東大震災の被害を知って、決意はより強固に。1927年に鉄筋コンクリート造で完成したこの建物は、窓や入り口に頑丈な鉄扉を備え、建物内への火の侵入を防御しています。部屋の床は不燃のタイル、家具には金属や石を多く使い、外観も石やタイルが中心です。火災への備えの徹底ぶりが、ビルの独特の雰囲気をつくっています。
△銘板の鬼の顔/Photo:下村しのぶ

地下の旧金庫室は喫茶空間として営業しています。エキゾチックな妖怪装飾のある1階の部屋は、シングルビーンズのチョコレートが並ぶショコラティエに。ビルには現在、ジュエリーや食器、アンティーク時計のショップなど、それぞれの個性が光るテナントが入っています。内部を散策する際には、玄関に掲げられた銘板もお見逃しなく。厚い金属板にユーモラスな鬼の顔が施されて、この建築の頑丈さとデザインの凝りようを象徴しています。
△渦巻き模様が施された階段の手すり/Photo:下村しのぶ

◆芝川ビル
住所:大阪市中央区伏見町3-3-3

おわりに

船場にはこの他にも、多くの見るべき建築があります。それらをはじめ、大阪の魅力的な建築を一斉に無料公開する「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪」(通称「イケフェス大阪」)が毎年秋の週末に行われます。今年は10月24日(土)・25日(日)を中心にバーチャル開催。普段は入れない建築の動画や解説などを多く準備中で、詳しい内容は10月1日に発表されます。この機会に大阪の建築に触れてみてください。

◆イケフェス大阪
開催日:10月24(土)、25日(日)
公式サイト:https://ikenchiku.jp/
※2020年はバーチャル開催
◆倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)
1971年東京都生まれ。大阪市立大学准教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『東京建築 みる・ある・かたる』(京阪神エルマガジン社)、『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)など、メディア出演に「新 美の巨人たち」「マツコの知らない世界」ほか多数。「東京建築アクセスポイント」と「朝日カルチャセンター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座を開講している。

◆下村しのぶ(しもむら・しのぶ)
北海道生まれ。写真家。ポートレート、雑貨や料理、そしてビルまで、雑誌、書籍、広告等で幅広く活躍中。著書に『おばあちゃん猫との静かな日々』(宝島社刊)、共著に『東京レトロ建築さんぽ』『東京モダン建築さんぽ』『神戸・大阪・京都レトロ建築さんぽ』(すべてエクスナレッジ刊)などがある。
『神戸・大阪・京都レトロ建築さんぽ』
1,800円/エクスナレッジ

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