300年の太平の世を開いた男!「徳川家康」のゆかりの地9選
徳川家康といえば、15代まで続いた徳川幕府の創始者として有名です。
太平の世と言われる江戸幕府を開いた、徳川家康のゆかりの地をご紹介いたします。
徳川家康とは?
徳川家康は、三河国(現在の愛知県)出身の戦国大名です。
松平広忠の嫡男として誕生しますが、6歳のときに人質として駿河国の今川義元のところへ向かう途中で、家臣の裏切りにあって尾張国の織田信秀の元へ送られることとなりました。
そして、15歳の折に織田信長と出会い、その数年後に今川氏の元へと送られます。
徳川家康が18歳のおりに「桶狭間の戦い」において今川氏が敗れると、徳川家康は「岡崎城」へ入城し、織田信長と清州同盟を結びます。
24歳の時に三河守護の勅命が下り、この時に姓を「徳川」と改めます。
そして、家康が36歳のときに武田信玄の三河進行を受け、家康は歴史的な惨敗を喫しました。
その時の苦い経験を忘れないようにと描かれた自画像は有名です。
そして40歳の時に、「本能寺の変」により織田信長が亡くなり、豊臣秀吉が大頭するのを機に、豊臣秀吉側につきました。
そして豊臣秀吉の死後、豊臣秀吉の遺言を盾に権力を集約し、豊臣側と対立する形になり、「関ケ原の戦い」が起こります。その結果、徳川家康は勝利します。
徳川家康は61歳で征夷大将軍に就任し、大阪の陣で豊臣氏を滅ぼし、江戸幕府の基礎を築いて太平の世の中にすると、駿府城に隠居し、享年75歳でこの世を去りました。
徳川家康ゆかりの地その① 岡崎城址跡公園
最初にご紹介する徳川家康ゆかりの地は、「岡崎城址公園」です。
岡崎城は、徳川家康が生まれ、6歳まで育った城です。
18歳で岡崎城に戻った後は、徳川家康にとって東に勢力を伸ばす拠点とした場所となりました。
現在お城は復元されており、元の城址のあった場所は公園となっており、公園内には徳川家康の銅像や家康の産湯に使われた、古井戸「産湯の井戸」が残されています。
◆「岡崎城址公園」
場所:愛知県岡崎市康生町561番地
TEL:0564-22-2122
岡崎城址公園
徳川家康ゆかりの地その② 大樹寺
次にご紹介するのは大樹寺です。
1560年の「桶狭間の戦い」において、今川義元は大敗を喫します。
徳川家康は、それを聞くと岡崎に逃げ帰ってから、18人の家来と一緒に大樹寺に逃げごみました。
そして、代々祀られている先祖の前で自害しようとしたところ、住職の登誉上人がそれをやめさせて、「厭離穢土欣求浄土」の念仏が意味していることを徳川家康に教えました。
その念仏により、徳川家康はその考えを改めて出直すことにしたという伝説が残されているお寺です。
◆「大樹寺」
場所:愛知県岡崎市鴨田町字広元5-1
TEL:0564-21-3917
大樹寺
徳川家康ゆかりの地その③ 瑞竜山 来見寺
次にご紹介する徳川家康ゆかりの地は、「瑞竜山 来見寺」です。
徳川家康が来見寺に立ち寄った際に、同じ三河出身で知友の間柄であった当時の住職と再会しました。
その際、特別に寺の門を赤く塗ることを許されました。
また、お寺の名前は徳川家康が立ち寄った寺であることから「私が来て見たので、来見寺にしろ」と言ったことから、寺名を変更したという逸話が残っています。
◆「瑞竜山 来見寺」
場所:茨城県北相馬郡利根町布川3080
TEL:0297-68-2558
瑞竜山 来見寺
徳川家康ゆかりの地その④ 浜松城
次にご紹介する徳川家康のゆかりの地は、「浜松城」です。
今川氏が「桶狭間の戦い」に大敗し、生まれ故郷の三河城に戻りました。
その後、徳川家康は東側の勢力を伸ばすと、今川氏の領地を手に入れ、故郷の岡崎城から浜松城へと拠点を移します。
そして、岡崎城を築城したのです。
岡崎城は、野面積み(自然の石を加工せずに積み上げていく手法がとられている)の特殊な作り方で有名で、浜松城のほかには高知城、和歌山城などあります。
徳川家康が築城したお城をのぞいてみませんか?
◆「浜松城」
場所:静岡県浜松市中区元城町100-2
TEL:053-453-3872
浜松城
徳川家康ゆかりの地その⑤ 江戸城
次にご紹介する徳川家康ゆかりの地は、「江戸城」です。
徳川家康が開いた、「江戸幕府」の拠点となった場所です。
徳川家康が入城した際には、今よりも小さなお城でした。しかしその後、大規模な改修工事を行って、どの大名にも負けない日本最大の大城郭を形成しました。
江戸時代には、「千代田のお城」として江戸上下の人々を見守ってきたお城です。
ちなみに現在は皇居となっていますが、本丸は皇居東御苑として一般開放されています。
◆「江戸城」
場所:東京都千代田区千代田
皇居東御苑
徳川家康ゆかりの地その⑥ 名古屋城
次にご紹介する徳川家康ゆかりの地は、「名古屋城」です。
金のしゃちほこでも有名な名古屋城は、大阪城、熊本城とともに日本三名城にの1つです。
そんな名古屋城は、徳川家康の9男である義直のために創建したお城です。
徳川家康の子を思う親心は、名古屋城の大きさに比例しているかのようですね。
現在は、江戸当時の城下町のミニチュアや、清正石など楽しめる箇所がたくさんありますので、お子様連れにもおすすめです。
◆「名古屋城」
場所:愛知県名古屋市中区本丸1-1
TEL:052-231-1700(名古屋市市民経済局文化観光部名古屋城管理事務所)
入館時間:9時~16時30分(天守閣への入場は午後4時まで)
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家康ゆかりの地その⑦ 駿府城
次にご紹介する徳川家康ゆかりの地は、「駿府城」です。
駿府城は、家康が江戸幕府の基礎を築き、太平の世の中になると、家督を家忠に譲って隠居をはじめて、移り住んだ城とされています。
何度も火事になっており、焼失している部分もあります。
しかし、火事になるたびに再建が行われているので、当時の面影を知ることができます。
◆「江戸城」
場所:静岡県静岡市葵区駿府公園1-1
TEL:054-251-0016/茶室管理事務所
公開時間:東御門・巽櫓/9:00~16:30・紅葉山庭園/9:00~16:30
定休日:月曜日
駿府城
徳川家康のゆかりの地その⑧ 日光東照宮
次にご紹介する徳川家康ゆかりの地は、「日光東照宮」です。
徳川家康の御霊が祀られている神社で、現在では協力なパワースポットとしても有名な場所です。
現在のような社群は、3代将軍徳川家光によって作られたもので、有名な「見ざる・言わざる・聞かざる」などの三猿や、「眠り猫」、「宝物館」などみどころがたくさんの場所です。
◆「日光東照宮」
場所:栃木県日光市山内2301
TEL:0288-54-0560(日光東照宮社務所)
拝観時間:4/1~10/31(8:00~17:00)・11/1~3/31(8:00~16:00)
※受け付けは閉門30分前まで
両院:大人1300円/小中学生450円
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徳川家康のゆかりの地その⑨ 徳川美術館蔵
最後にご紹介する徳川家康ゆかりの地は、「徳川美術館」です。
徳川家康は、30歳の時に武田信玄との三方ヶ原の戦いのおりに、歴史的な大敗を喫しました。
そのおり、恐怖のあまりに徳川家康は馬上で脱糞したというエピソードが有名です。
この苦い経験を二度と忘れないためにも、その折の姿を敢えて描かせた自画像である「しかみ像」が、ここ徳川美術館で展示されています。
ぜひ、徳川家康が自身の戒めにした自画像を、ご覧になってみませんか?
◆「徳川美術館蔵」
場所:愛知県名古屋市東区徳川町1017
TEL:052-935-6262
開館時間:10:00~17:00(入館16:30)
休館日:月曜日(祝日・振替休日の場合は翌日)
入館料:一般1200円/高校生・大学生700円/小・中学生500円
徳川美術館
おわりに
徳川家康ゆかりの地についてご紹介しました。
この他にも徳川家康の建てた神社などたくさんありますが、今回はお城に絞って紹介してみました!
江戸幕府の基礎を築いた徳川家康の一生を、お城を巡りながら感じてみることができますよ♪
徳川家康
ゆかりの地